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エッセイ「大事な何か」 |
第4章 意志 第4項 宗教
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< 宗教に対して >
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私はおそらくこれからもずっと、宗教には関わりません。
それは、信仰心がないというわけではなくて、あらゆる宗教団体に所属するつもりがないということです。
もちろん信仰は自由ですから、そのような活動も結構だと思います。
ただ気になるのは、そこに「依存」を感じられた場合です。
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その宗教なり人なりに依存してしまうということは、意識の上でいいこととは言えない気がします。
それは何かに依存している限り、自分は成長しないように思うからです。
もしその教え通りにして、事がうまく運んだとしても、それによって彼が一層それに頼るようになり、自分で決めたり自力で乗り切ろうとしたりしなくなったら、その教えは、決して良いものではないのではないでしょうか。
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何らかの特殊な能力を有している人なら、信じられないような正解の助言をすることも考えられます。
ですけど、本当に意識のレベルの高い人なら、その人が決して何か(助言者である自分も含めて)に依存するのでなく、自立できるような・自ら悟るような方式を取るに違いないと感じるのです。
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私は自分でいろいろ体験していろいろ実感して、それによって学んだりそれによって成長したり、という姿が本当ではないかと思っています。
そういった意味で、助言や世話をすることでその人の依存心を高めて(意識的にも無意識的にも)、その団体が運営されるという仕組みがあるなら、どーもそこに利己的な心理を感じるのですけど…(^^;
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いつの日か、宗教というものはなくなるかも知れませんネ。
それは宗教が必要なくなるというのではなくて、宗教というものに頼らなくても、誰もが意識の高みに行き着ける、という感じ…。
自分の力でというのは大変ですけど、全体的に意識が高まっていけば、お互いに助け合っていく心も大きくなっていくと思うから…(^^
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99/8/5作成 ぜひ一言!アンケート |
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