エッセイ「大事な何か」 第4章 意志 第2項 精神

< 無我の境地 >


 無我の境地と口で言えば簡単ですが、これは尋常じゃありません。
精神が完璧に集中し、自らの自意識や「思考したり、分析したり」という意識が全くない状態。
思考や計算を全面に教育されている現代人にとって、これは至難なこと。
でも日本は、伝統的に「無我」を大事にしてきましたよね、禅や武道などを通じて。。


 無我の境地になることで、完璧にクリアな自分・完全に素直で自分にとって最も好ましい判断を下すことができる・・・それがより深く入り込んでトランス状態になると、自意識や思考がない状態で動き出す。。
そういう状態だと、一片のムダや迷いがないので、ものすごい力や神秘的な光景を生み出したりします。
スポーツでの驚愕するシーンや芸術での偉大な作品などは、まさにこの状態から生み出されている時が多いのではないでしょうか。


 また、その精神集中を助けるもの、というのも自然界にありました。
かつてシャーマンは、神の言葉を聞くのに特殊な薬草を用いたりしましたね。そう、今で言う麻薬です。
その使用法は、決して快楽的な恍惚感を味わうとか幻覚を見るのが目的などというものでなく、少し煎じて意識を高めるためでした。そして、彼らが人格者でかつ意識の解放の仕方を知っていたので、正しい判断やさらには特殊な言葉を聞くことができたのでしょうね。







 ただ、現代において麻薬が全面禁止されてるのは正しいと思います。
それは、通常の人間が使いこなせるものではないもの。
普通の人間では、制御できるものではないもの。
その恍惚感の虜になってしまう。そして自分を破壊し廃人にしてしまう。
少なくとも、そんなものを必要としないやり方がこの国の伝統的な文化にはあるのだし。。


 現代社会で「無我の境地」になるのは、難しいですね。
さっきも言ったように、思考と計算に偏った教育をされ、さらに忙しくて安心して心を開ける時間も空間もないから。
休みの日の午前中は、何もない時間を確保するようにしています。心を落ち着かせてぼーっとソファでゆったりする。その時間がとても幸せ・・・。



2000/12/17作成

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