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エッセイ「大事な何か」 |
第4章 意志 第1項 意識
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< 意識のレベル >
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本当の愛に包まれた時、「これこそが答えだ」と思った。
この歓喜!、何とも言えないあたたかさ・心地よさが胸の奥から溢れんばかりに湧き出て、思わず涙が止まらなくなるような感動・・・。
まさにこの上ない気持ちよさ、完全な・絶対的な気持ち。
心の行き着く場所は、まさにここなのだと!!
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だけど、生命の神秘というものは、本当に計り知れない。
どうやらそこが終着駅ではないらしい。
いや、人間としてはその「愛の領域」が究極だと思う。
しかし意識としては、まだ続きが、それより先の領域があるようなのだ。
それはもはや日常のリアリティではない世界、精神というものがあやうくなってしまうような、そんなおそろしい世界。。
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例えばゴッホの芸術、、あれは「真実」の意志によってつむがれている。
あれを直視するのは恐ろしい。あれは自分の意識の安定化装置をことごとく解除する。つまり、今ここにいる自分「自我」が解放されてしまうのだ。「自分」の鎧を剥ぎ取られ、どんどん裸の意識にされていく。。
こわい、、おそろしい、、ゴッホ自身も精神を病んでしまった。
しかしそれは、紛れもない真実であり、だからこそ彼はどうあってもそれを表現しようとしたに違いあるまい。
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その「意識の領域」に行くには、「愛の領域」を卒業しなければならない。
そうでなきゃ、とても精神が耐えられない。
だってそこは、自分の身体があてにならない、そことは別次元の世界のことであり、理性や思考というものを維持できるところではないのだ。
愛に包まれて、愛に満たされて、初めてそこで安定を保つことができる・・・
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意識というものには、レベルがあるんじゃないかな。
人が目指すのは「愛の領域」でいい。本当の愛を知ること、愛で行動できるようになることこそ、生の意味だと思うから。
でも実は、さらに「身体」が存在しない「意識の領域」がある。
そしておそらくはその先に、「我」という意識さえなくなり、大いなる全体と一つになる「意志の領域」がある、という気がする。。
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1999/2/3作成 2000/8/16改訂
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