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エッセイ「大事な何か」 |
第3章 社会 第4項 政治
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< 人を憎んで罪を憎まず >
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不祥事の際によく見られる「自主的に〜させる」という習慣…。
自主的に辞職させる、自主的に辞退させる、自主的に自粛させる、等々。
それは、その不祥事を法が裁くのではなく、本人に自らそうさせるように回りから圧力をかけられる、ということである。
でもそれは「個人の権利より、非合法な圧力の方が尊重される」ということに他ならないのではないか。
それは「法によって個人が守られてない」ということなのではないか。 |
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汚職した厚生省のオカミツ元事務次官に対して支払われる退職金を「辞退しろ、辞退しろ」と大騒ぎになった時もそう。
詐欺で逮捕されたトモベ議員に対して、「給料を払うな」という大合唱、国会で全会一致で採択された議員辞職を求める決議もそう。
同じく汚職で退職したナカジマという元大蔵省幹部は、支給されるはずだった退職金を世間の批判が集中したので辞退したらしい。 |
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だが、彼らが受けるそのような待遇は正当的なもの。
普通の退職者が退職金やそれまで分のボーナスをもらうのは、<法>によって認められた、ごく自然な行為。
それを回りが寄ってたかって誹謗・中傷し、自分から辞退せざるを得ないまでに追い込むのは、個人の正当なる権利を侵害するものに他ならない。
その構図は、ただの感情的な集中攻撃<イジメ>にすぎない。
その一見正しいように見える非難は、彼らが金をもらうよりずっと卑劣な行為なのだ。 |
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たしかに彼らが、お金をもらうのは明らかにおかしい。
だからもしそこで文句を言うならば、彼らが一般の人と同じ退職者扱いを受けることに対して、でなくちゃならない。
それを依願退職者扱いする、組織の体質こそ攻撃しなければならない。
そこにある不透明な裁量権こそ、贈収賄・癒着を生む諸悪の巣窟。
つまりそこでは、そんな非合法で生け贄を作るだけの意味のない個人攻撃でなく、それを隠す組織・体質を白日の下にさらすべきなのである。 |
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退職してしまえばその後どんな事実が発覚しても、さかのぼって処分はできないらしい。
彼らが不祥事者を騒ぎが大きくなる前に依願退職させるのは、その汚職を隠したいから、組織の質や甘い汁にメスを入れさせたくないから。
それをオカミツ事件ではなんと、「依願退職者でも騒ぎが大きくなったら退職金を返還させられる」という風に、法律を<改善>してしまった。
だがそれは、「今までどおり不祥事は隠せるだけ隠して、騒ぎになったら正義の味方よろしくそいつの退職金を取り上げよう」というもの。
それは、個人の権利を法律によって足蹴にできるようにした暴挙なのだ。 |
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別に「悪人にも人権がある」などと、言うつもりは毛頭ない。
人を殺した者は、殺されたって処刑されたって、何の文句も言えまい。
言いたいのは「罪を犯した者は罪の大きさ分、裁かれるべき」ということ。
その罪以上に、人としての権利まで剥奪されるいわれはない、ということ。
回りの非合法な圧力によって個人が守られないその社会とは、結局「みんなでやれば何でも許される」という価値観を蔓延させるだけ。
法や権利というものを軽視する風潮を育てているものでしかない…。 |
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「自主的に〜させる」なんて行為を、させちゃいけない。
それを続ける限り、いつまでも個人が泣き続け、いつまでも不祥事はなくならない。
それはまさに、「人を憎んで罪を憎まず・・・」
結局それは、法のもと個人の権利の尊重に支えられる<民主主義>や<自由>を遠ざけるのに他ならない。
こんな非合法な圧力が幅を効かせている限り、自由は決して根づかない。 |
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