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エッセイ「大事な何か」 |
つれづれ |
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< 中学受験 >
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教育に対する強烈なる違和感の始まりは、中学受験でした。
一応受験のための塾には行ってたのですけど、小学生の私は塾というのはあくまで補足だと思っていたのですね。
学校の勉強がしっかりできていればいい、という感覚でしたから。
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受験は落ちました。。ショックでした。
いえ、そのショックとは、落ちたからじゃないんです。
それは、学校ではいつも満点だったのに受験じゃ通じなかったということ、「学校はうそだった、裏切られた」と思い知らされたこと。
そして周りの子はひそかにその事実を了解してて、すでに本音と建前を使い分けていた、ということです。
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基本的に、私は競争というものに対して肯定的です。
競争がなければ切磋琢磨する姿勢は生まれないと思うし、「適材適所」を達成することでその弊害は小さくできると考えています。
まず大事なのは、子供を裏切ったりしないことではないでしょうか。
子供に公然と「本音と建前」を要求することなどは、教育にとって(人間形成にとって)とてもよくないと思うんです。
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私も大人の側の人間になりました。
社会においては、全てが綺麗事でいかないのは分かっています。
より深い思慮から、矛盾したことを言わなければならないようなこともあります。
でも、やってはならないことはあります、やればできることはあります。
私はそれは絶対直すべきだと思いますし、直せると思ってます。
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小・中学校の勉強は、今の授業レベルで充分だと思ってます。
中学受験でやらされるような難問、奇問とさえ言える問題などは解く必要がないと考えます。
何で小・中学生がそれをしなくてはならないかというと、全ては大学受験のためです。
私がセンター試験に嫌悪感を覚えるのは、そこにあるのです。
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2000/2/2作成 ぜひ一言!アンケート |
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