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エッセイ「大事な何か」 |
第2章 芸術 第4項 芸術
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< プロとアマ >
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日本って「アマ」が好まれますでしょ。
特にスポーツだと、「アマ」は純粋でひたむき、「プロ」は金儲けだから汚いみたいな。。
私は、それでお金をもらうことはなんら不純ではないと思うんです。
むしろ、それがどんどん広がった方がいい、と思ってます。
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すばらしいものはすばらしい。自分の気持ちを高揚させてくれる。
それに対して、それ相応の対価を支払いたい。それがこの上なく快感を与えてくれるなら、その額がものすごく高くなっても構わない。
それを払うことによって、ずっとそれが維持・発展して欲しいから。
もしそれが、資金難で立ち行かなくなり、触れることができなくなったりしたら、それはあまりに哀しいから。
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それに、きれいで純粋なんて思われてる「アマ」は、実はプロより問題があったりしますよね。
IOCのワイロ問題が象徴的ですが、実はしっかり金は動いているのに、それが選手に回らないだけで協会の幹部に集中するという。。
きちんと選手に対価が回るようにしないと、やがてそれは衰退します。
高校野球などは、発育途中の高校生がその1大会の勝利のために身体を酷使し故障で結局大成しない、なんて例は枚挙に暇がありません。
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それを「芸術」と捉えると、いいかもしれません。
はっきりいえば、勝ち負けさえもどうでもいい。それそのものがすばらしければ興奮できる。ロベルトバッジョのボールタッチが見られるだけでいい、(全盛時の)あのACミランのプレーに触れるだけでいい。
ほんとの芸術だってそう。すばらしいものは高額がついて当たり前。
考えてみると、かのゴッホなど生前は全く絵が売れず、極貧のすえ命を絶ったのだ。あんな奇跡的なすばらしいものなのに。。
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殺伐とした昨今、澄んだ気持ちになれるのは貴重なこと。
もし自分に、すばらしい瞬間や感動というものを感じさせてくれたものがあったなら、それに見合った報酬を払いたい。
それによってさらなる創造が手助けされ、その土壌が広がれば、自分の周りにはすばらしいものがいっぱいになり、常にその感動にいだかれながら毎日を送ることができるのだから。
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99/4/16作成 2000/12/10改訂 ぜひ一言!アンケート |
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