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エッセイ「大事な何か」 |
第2章 芸術 第4項 芸術
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< 心を動かす3つの要素 > |
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「何が芸術であるか」ということに、基準なんてない。
何をすばらしいと感じるかは、あくまで一人一人の感覚に委ねられるもの。
だけど、多くの人が一様にすばらしいと感じるものがある。
それにはタイプとして、3種類に分けられる感じがする。
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一つは<美>、美しいもの、美の芸術…。
美は人の心を魅了する、人は美しいものに心を奪われる。
ダヴィンチやミケランジェロの絵画、モーツワルトやワーグナーの音楽、あるいはスポーツならR・バッジョやM・ジョーダンのプレー、等々。
それはすなわち、天才の繰り出す比類なき力、どうあがいても一般の人間がかなうことのできない圧倒的な才能。
それを目の当たりにしたら、人はどうしようもなく魅了されてしまう。。
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もう一つは<生>、人間の「生」、生きることを表現したもの…。
人が生きる上においての、正しい意志「真実」を感じ、表現した人がいる。
ベートーヴェンの音楽、F・キャプラの映画、手塚治虫の漫画、J・レノンの唄、等々。
人は生きている以上、絶対的に「生」に直面している。
だからその「真実」の意志に触れると、どうしようもなく感動してしまう。
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そして最後は<原>、原始、根源的なものを表に捉えたもの…。
それは、人間の意識の本質的な領域に直接、訴えてくるものである。
ゴッホの絵画、ブルックナー的な音楽、など。
人間の能力以前に、いや、生きることでさえよりも前に、生命の中には根源的な意識が存在している。
それに触れると、自らの存在自体を揺さ振られるほど衝撃を受けてしまう。
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美・生・原、それは3つとも真実…、ただそれは明らかに違うもの…。
<美>に引き付けられるのは、人が生物であるため。
圧倒的なものへの憧れ、その強大な力が生存本能を安心させ慰めてくれる。
それは種の保存という生物としての宿命的な感覚からくるもの。
<生>に引き付けられるのは、人が人間であるため。
人は考えることができる、感じることができる。
それにより、森羅万象の真実を求めようとする。
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<原>に引き付けられるのは、人間が存在であるため。
生命には意識がある、そしてそれは根源的な意志によってつむがれている。
人がそれに引かれるのは、自分という存在が既に在ってしまっているから。
生物、人間、存在・・・、それはまさに進化の課程のよう。
それらはみな真実なのだが、そこには高い次元への方向性がある感じがする…。
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僕は<生>の芸術が一番好き!
<生>は才能に関係なく、生きる勇気を与えてくれるから。
<美>は、もし自分の才能にぴったりのジャンルやスタイルが世の中にあったら、自分も天才になれるのだから、あんまり憧れない。
<原>は危険、あまり深入りすると、自分を保っていられなくなってしまう…。
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98/11/19作成 ぜひ一言!アンケート |
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