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エッセイ「大事な何か」 |
第2章 芸術 第1項 絵画
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< モナリザ >
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−モナリザは実在しない!−
それがその絵(画本です)を見た時の感想だった。
そう思わせたのがあの微笑…。
見る者を見透かすような、人間の愚かさを冷笑しているようなあの微笑、それがまさに人間を超越した存在であると感じたからだ。
全てを悟っている威圧感で満ちた<絶対者>。
しかしそんな人間などいない、、
もちろんモデルになった女性はいるだろうけど、あれはダヴィンチが作り上げた虚像、完全なものへの憧憬の産物なのだ。
−人類史上最高の天才を以てしても完全にはなり得ない−
それがモナリザから受けた印象だった。
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基本的に、今でもモナリザは<美>だと思う。
でもB・コンティの評論を読んで、印象が大分変わらされた。
「我々はこの絵が示唆するものが、人物像とその背後に描かれた風景との、完全な調和の中に在ることを認めることができる。こうした人物像と風景の調和は、描かれた人物の顔に現れた明らかな皮肉の情感
−さらにそれは自然を前にした人間の在り方の普遍的なヴィジョンとなる−
と風景表現とを、よどみなく融合するぼかし技法によって表現可能となる(注)」
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「すなわちこの技法によって、発見と解釈の途上にありながら今だ多くの神秘と沈黙を残したままの、この世界の雄大さを総合することができるのである。故にレオナルドは、理想とその実践の間に横たわる永遠のディレンマを、現実のうちに克服するのである」
なんと、それは未知なるものを含めた「全体」を表現しているとは。。
普通は未知など表現できない、できたとしても想像なら説得力など生まないのに、大自然という未知<神秘>まで表現しきるなんて、、なっ、なんというすさまじい才能なのだろう…。
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モナリザ…、たしかにそれは「究極」と言える。
それは、ゴッホのような<本質>をそのまま抽出したものではないので、「完全なるもの」という感じではない。
しかし、「完全」なものがたじろぐ程の輝きを放つ「完璧」なものである。
「人類史上最高」の能力とセンスによって生み出されたもの…、
それがまさに「モナリザ」なのだろう。
注 : 「レオナルド・ダ・ヴィンチ」 ブルーノ・コンティ著 片桐頼継訳 / 東京書籍
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98/9/11作成 99/5/17改訂 ぜひ一言!アンケート |
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