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エッセイ「大事な何か」 |
第1章人生 第4項常識
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< 知ってるつもり > |
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「個性的になれ」と言いながら、となりの子と比較する。
「創造力を伸ばす」とおっしゃりながら、全国統一テストで序列する。
「自由は何より大事」と言いつつ、片方では上からの監督を強化する。
「市場原理信仰者」なのに、天下り体制は堅持しようとする。
それはいったい、どういうことなのかな?
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だってそれは、言ってることとやってることが全く逆なのだから。
言葉自体は美しくとも、言ってる当人がそもそも違反してるのだから。
それは悪く言っちゃえば、泥棒が「犯罪をしてはいけない」と、サギ師が「人を信じるのが大事」と言っているようなものじゃない?
なぜそんな相反することを、平然とやってのけてしまえるのだろう。
仮にも上から監督するような方は、学業優秀で頭のよいとされる人なのに。
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たしかにそれを知ってはいる、頭では分かってはいる。
でも、本当に分かっているわけではないのではないか。
知的レベルでは理解はしているが、本当に心から実感しているわけでは、その本質を真に認識したわけではないのではないか。
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「個性がすばらしい」と認識すると、もはやその子が「自分を出すこと」を何より重んじずにはいられなくなる。
だから決して減点法など、ましてや一つ基準で評価なんてできっこない。
「自由がすばらしい」と認識すると、もはや人が一人で立てる勇気を持てるよう励ましていかずにはいられなくなる。
だから決して上から統制など、ましてや癒着して天下るなどできっこない。
表面的には理解してるから、綺麗な言葉は述べられる…。
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自分もだけど、知ってるつもりにならないようにしなくちゃネ(^^
物事は、理解しただけでは意味のあるものとはならない。
知識とは、本当に認識して初めて効力を持つものとなる。
そこに実感のこもってない言葉など、たとえどんなに美しいセリフであっても、心に響くものとはなり得ないのだから・・。
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98/9/5/作成 99/2/24改訂 9/23改訂 ぜひ一言!アンケート |
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