エッセイ「大事な何か」 第1章 人生 第3項 真実

< 存 在 >


 「真実」というものが存在している?
誰もが「すばらしい」と感じてしまうものがある?
そんなバカなことがあるだろうか。
だって、人にはそれぞれ自分の感覚があるではないか。
価値観などというものは、あくまで自分が決めることではないか。


 価値の判断をするのは人間である。
「何がすばらしいか」は人間によって左右され、それは人間のもの以外、何物でもない。
そのはずである、それは当たり前のことである。
それなのに、そうであるはずなのに、絶対的な真実があるのだ。
それはいったいどういうことなのか。


 絶対的にすばらしいと感じてしまうものがある。
それは「すばらしいものが元々あったのだ」という事に他ならない。
始めから在った、、始めから決まっていた。。
つまりそれは、人間が決める前からすばらしかったのだ。
それがまず始めに在って、後から人間がそう感じるようになったのだ。
価値観とは、実は人間が決めたものではなかったのだ。
なんということだろう・・・、なんと恐ろしいことだろう・・・。






 人は、自分が「心地いい」と感じることをする。
もしそんなものがあったら、人の方向はすでに決まってると言えてしまう。
え?、それを自分で感じられる?、自分はそれを知っている?
すなわち、進むべき方向を、実は自分は自分で知っている?
人には「そうなるべき自分というものが、あらかじめ在る」というのか。
「在るべき自分というものが、始めから決められている」というのか。
心に従っていくと、そう感じさせられてならないことを認めざるを得ない・・・


 人は絶対的な存在ではない。
人間の意識は未熟なものであり、過ちも相変わらず繰り返す。
しかし人は、その絶対的なすばらしさを感じ取ることができる。
全ての人間が自分を本当に満たすことができる、完全な存在に近づくことができる。
存在・・・、それは人にそれを思い出させてくれる大いなる神秘・・・。



2000/7/30作成

ぜひ一言!アンケート

 Copyright © 1998-2000 Arty