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エッセイ「大事な何か」 |
第1章 人生 第3項 真実
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< 快 感 >
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幸せって、「気持ちがいい」状態ですよね。
人が何か行動する時の動機とは、いい気持ちを得るためと言えませんか?
気持ちいいこと、したい♪(^^;
それは自然な衝動だと思うんだけど、でも突き詰めてみると、この気持ちいいこと「快感」というやつ、すごく不思議なものだと思うんです。
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気持ちいいものと言えばsexが思い出されますが(笑)、それは冷静に見れば種を存続させる行為なわけでしょ。
− 人は気持ちのいいことをしたがる → sexが気持ちよければそれがおろそかにされることはない
→ 逆に言えば、それがつらく苦しいものだったら誰もしたがらず、ひいては種の絶滅を招く
−
・・・、何かそこには「生命の意図」というものがある気がします。
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いえ、それは何もsexに限らず、食べることや寝ることでも同じこと。
生命活動には、常にこの「快感」というやつがついて回ります。
生命がして欲しいことをすると、自分に「快感」が与えられる。。
生命にとって好ましいことをすると、いい気持ちが湧き出るようになっている、、という・・・。
誰が決めたか知りませんが、基本的にそういう風になってしまっています。
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ということは、、「歓喜が在る」ということは何を意味するのだろう…。
それがもたらす快感とは、完全なるものなのだ。
心がこの上ない幸福感でいっぱいになり、溢れて止まらない程なのだ。
それを思うと、「歓喜」とは生命活動にとって絶対的に必要なものではないか、と思わせられずにはいられない。。
人には絶対的に正しい道筋が存在する、と感じさせられてならない。。
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感覚というものは、あいまいなもの…。
その「快感」を与えてくれるものだって、条件次第で気持ちよくならなかったりするし、感じ方自体、年齢や経験を積むことで変化したりする。
しかし、「歓喜」の状態を思うと、もう確信してしまってしまうのだ。
絶対的でいつまでも変わらぬもの、「真実」というものの存在を。。
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2000/7/1作成 ぜひ一言!アンケート |
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