エッセイ「大事な何か」 第1章 人生 第2項 感性

< 感性の違い >

 

 −あなたはあなた、わたしはわたし、価値観は違う…−
人と話してると、得てしてこう結論づけられてしまう。
「人が感じることなんて、それぞれ違うだろ」
「あなたがすばらしいと言うのは自由だけど、それはあくまであなたの価値観で私は違うのだから、それでいいんじゃない?」
もし「すばらしいものは決まっている」なんて口走ろうものなら、3人のうち4人に反論されることとなる。

 

 そりゃあ、人はみんな、感じ方が違うのは当然のこと。
「人それぞれ感性は違う」なんて、言われなくとも分かってらい。
その人が何を好もうと、何に価値を見いだそうと、それがその人の感覚だ。
別に一般的に高く評価されているからって、周りがみんな「いい」と言ってたって、自分もそう感じなくてはいけない、なんて事はない。
それは決して、人に決めつけられるものではない。


 でもだからって、人の感性を全く相手にしないのはどうだろう。
自分がそう感じないからって、全く聞く耳を持たないのはどうだろう。
よくえらい人が「現代は価値観の多様化している時代である」なんて、したり顔でおっしゃる。
だが、「あなたはあなた、わたしはわたし」なんて鼻っから「違って当然」なんて風にしたら、会話など成立しないではないか。
それじゃ、人が人と接する意味など全くないではないか。






 たしかに、その時の自分の言い方もまずかったのだと思う。
ただそこで言いたかったのは、誰もが「すばらしい」と感じ得るようなものがありはしないか、ということ。
芸術や歴史的偉人の中には、人種や文化が違うにもかかわらず多くの人が思いを共有し、そして何百年・何千年と朽ちないものがある、ということ。
人の感じ方はそれぞれなのに、それはとても不思議なことではないか!


 「あなたはあなた、わたしはわたし」と言われると少しさびしい…。
人の感性というものは、自分をとても高めてくれるもの。
少なくとも他人に思わず言っちゃうような情報は、とても魅力的なもの。
何しろ「人の感性はそれぞれ違う」と分かっていて、「その人に押しつけやしないか」と心配しつつも、それでも試みられる行動なのだ。
それはそれだけその思いが強い、ということだ。
それはそれだけその思いを他の人とも分かち合いたい、ということなのだ。



98/9/4/作成 9/8改訂 99/3/3改訂

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