エッセイ「大事な何か」 第1章 人生 第1項 幸福

< 幸せのかたち >

 幸せって、なんなのかな?
日常に従っていくと、わきあがってくる違和感。。
−おかしいと感じたまま、流されていっていいのか。
やっぱりその流れはおかしくなくて、おかしいのは自分の方なのか。
もし自分がおかしくないならば、正しいものは何なのか− って…。


 いつしか組み込まれるサバイバルレースの流れ・・・。
いつのまにか、自分の前にはやらなければならないことが用意され、それをこなさなければならない毎日から、逃げられないようになっている。
とにかく、それをやらなければならない。
それをこなさないと、周りから認められないのだ。
それをこなす以外、自分はそこにはいられないのだ。


 たしかにそれをこなせば、周りからは評価される。
ましてや他人に勝ったりすれば、甘美な優越感に浸ることができる。
また、そのハードルをクリアしていくことで、充実感・生きがいを感じられる、ということもあるかもしれない。
でも、いくらそれをクリアし誉められ続けたとしても、いつかやめたり失敗したりすれば、その途端「あれはもうダメ」などと言うではないか!
それは、こなしてもこなしても、きりがないものではないか!






 望ましい「かたち」でなく、「自分」を見て欲しい。
「結果」がすごいのでなく、「自分」という存在を分かって欲しい。
自分を見て欲しいから言う通りにしてるのに、それをこなす「役に立つもの」としか見られない。
それじゃたとえ優越感を感じられたって、心は全然満たされない…。


 好ましい「かたち」になっても、「幸せ」にはなれない。
周りから評価される充足感とか、他人に勝ったりする優越感では、表面的には心地よくても、心の違和感を払拭できない。
自分は生きているのだ、自分は「自分として」存在しているのだ。
人は決して、ただ求められるようにだけ生きる競馬馬のごとき存在ではないのだ。


98/8/25作成 8/28改訂 10/12改訂
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