エッセイ「大事な何か」 第1章 人生 第1項 幸福

< 人は何のために生きるのか >


 「人は何のために生きるのか・・・」
そんなことはどうでもよかった、そんなことを考えるつもりなどなかった。

でも、そのままでは人生に疑問を感じずにはいられなかったのだ。

周りの価値観では、どうしても「幸せ」を感じられなかったのだ。


 その課せられる競争に勝ったとしても、心から満足できない。
その流れに従って出世することが、人生の目標とはなり得ない。
たとえ大きな家に住めたって、別にあまり嬉しくない。
ましてや「家庭を持って幸せに」という将来像も、これじゃおぼつかない。
幸せじゃないなら、自分は何のために生きてるというのだろう。。




 幸せなら、少なくとも自分はいい気分なはず。
たしかに「勝利」とか「食や住の安定」というのはいい気持ちだ。
それはきっと、生きていくための本能が満たされるから。
食欲・性欲・権威欲などは、自分をすごぶるいい気持ちにさせる。
やはり自分も生物である以上、生命の保存という方向で意識が作用しているのは紛れもないこと。






 だけど、「幸せ」がそれだけであるとは思えない。
自分をそれ以上に満たすものが、他にあると思えてならない。
人類史上には、本当の自由と愛に満ち溢れた人がいる。
それに触れた時に湧き上がる感動は、この上なく心を満たすもの…。
そう思うと、自分以外の何か人やものに依存するんじゃなく、自分を本当に満足させる心のあり方があると、思わせられずにはいられないのだ!


 「人は何のために生きるのか・・・」
それは得てして「答えのない永遠の問い」とか言われたりするもの。
でも、生命保存の本能より満足を感じる価値観があるなら、生きることはそっちに方向性がある、ということ。
自分が心から満たされるなら、それこそが幸せだ、ということ。
生きることとは、そこに近づいていくことではないのかと思う。


98/8/23作成 8/30改訂 9/20改訂
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